広州に来てからの一カ月は、光の如く時間が過ぎ去っていった。
気がつけば、いつの間にか十二月になっていた。
雨が振ると、気温が十五度くらいまで下がった。雨が上がると気温が三十度近くまで上がった。
依然として足許には夏が名残惜しそうに横たわっていて、北京から持ってきた厚手のジャケットはクローゼットの中で眠ったままだった。
まだまだクーラーを必要としたし、外に出れば額から汗が滲み出ることも少なくなかった。
さすがにここまで夏が長いと、冬の季節が恋しくなるのが人情というものだろう。
気がつけば、髪の毛もずいぶん長くなっていた。
そろそろ髪を切りに行かないと、と考えてはいたものの、適当に入った店で頭を無茶苦茶にされては目も当てられない。
いまから四年前、中国に来て初めて美容室に行ったときのことだ。
それはデパートの中に構えるどこにでもあるような店だった。
店の特徴といえば、客は私を除いて誰ひとりいなかったことだろうか。
私はその状況に不安を覚えながらも、ファッション誌から適当に気に入ったモデルの髪型を指差し、こんな感じにできるかと店の美容師に訊いた。
美容師にしても、これまた特徴をあげるに難しい、どこにでもいそうな若い男の美容師だった。
「いやいや、お客さん、全然分かってないね。今時こんな髪型じゃモテないよ。いいからオレに任せなって」若い男の美容師はいった。
言葉を正確に理解したわけではなかったが、身振り手振りで、そう言っていることがわかった。
しかし、その美容師の髪型を見れば、イケてるのか、それともイケてないのかぐらいは判断できる。
目の前にいる美容師の髪型は、お世辞にもイケてる、とは言えない代物だった。
私は店を選び間違えたことを早くも後悔していた。
はっきり言って、あんたに髪を任せるのは不安だよ、と言葉にはしなかったが、美容師は私の不安げな表情を読み取ったようだった。
中国語を解さない私に、美容師はしきりに何か言っている。
たぶん「安心しな。後悔させないぜ」とでも言っているのだろう。
結局、そこまで言うならという感じで、私は美容師の提案をしぶしぶ承諾することにした。
いよいよカットの段になると、若い美容師の眼は真剣そのものだった。
その熱の入り方は、見ているこちらとしても、とても気持ちの良いものだった。
しかし、熱心さはこちらにも伝わってくるものの、肝心のカット技術が伴っていない。
それはあまりにも酷いのものだった。鏡に映った私の顔は、みるみる不安げな表情に変わっていく。
正直逃げ出したい気持ちだった。しかしここで口を挟めば、若い美容師のプライドを傷つけることになるかもしれない。
もしかしたら、最後のどんでん返しなる私の期待に答えるカットが待っているのかもしれない。
私はそのようなことを頭の中で逡巡しながら、自分の髪の行く末を見守ることにした。
どうにかこうにかカットは終わった。完成形態となった私の髪型は、実に見事なものだった。
形容するなら、スーパーサイヤ人。もしくはヘビメタのイケイケロックバンドといったところか。
髪の毛は、まるで剣山のように天井に向かって堂々と突き立っていた。
しかも美容師は、これでもかと言わんばかりに、ハードスプレーをまんべんなく頭に吹きかけるのは忘れなかった。
とても街の中を歩けそうな髪型ではなかった。髪を洗い流してもらった。
店のワックスを借りて、自分で適当に髪型を整えた。
若い美容師が不思議そうな視線を投げかけてくる。私はそそくさと店を出た。
自信を挫かれただろうあの若い美容師の表情は、今でも忘れられない。